2009-10-09-Fri 晴天の金曜日 [長年日記]

この日記は日付を遡って書いています。

獣医さんに行ってきました

 手術と入院に掛かった費用を支払いに、獣医さんに向かいました。
ジブを連れ帰る時に借りたバスタオルに加え、寄付品として他の子の入院時に使ってもらえるように、我が家で眠っていたバスタオルも持ちました。
ジブが食べるようにと買い求めていた療法食。
まだ未開封のもので、この先封を切る事はないですから、それも寄付品として受け取ってもらおうと持つ事にしました。

獣医さんに到着。さして待たされる事もなく、診察室に呼ばれました。
開口一番に私が聞いたのは、検査に回した、ジブのお腹から切り取った部位の結果でした。

結果は、癌ではありませんでした。

重度ではあるけれど、慢性大腸炎というのが、検査結果でした。

獣医さん自身も、困惑していらっしゃるようです。
経験上、お腹を開けた時、これは癌に違いないと思われたそうで、だから可能な限り部位を切除したそうです。
この結果に先生自身も困惑し、また、私たち家族にどう説明すればいいのか、だいぶん苦しまれたようでした。

でも、この時の私は、ジブは癌では無かったと聞いた途端、思考が停止し、言葉が出なくなっていました。
代わりに、お父ちゃんがいろいろと聞いてくれて、その会話の中から、刻み込まれた言葉だけを拾い上げて書き記しているわけです。

お腹のしこり、体重の減少、抗炎症剤を用いても続く下痢。
少し回復した体重と体力。
でも、変化の無かったしこりの固さ。
腎機能が低下していると認識できるような検査結果は得られていなかった。
だから、開腹手術をして実際にしこりの正体を見極めるのが、獣医として最善の方法だと思えた。

ジブの腎機能が低下さえしていなければ、縫合した腸が正常に動くようになり、快復して退院できたはず。
大腸炎であるなら、なおさらその後の命も長らえられたはず。
よしんば、重度であったから最終的には癌化したとしても、まだまだ余命はあったはず。
最終的にジブの命を奪ったのは「急性腎不全」だという診断になるとのこと。

そんな言葉だけが、今頭の中に断片的な記憶として残っています。

やはり、私の決断が間違っていた。
そこから、転がるように悪い事が立て続けに起きて、ジブの命を奪ってしまった。
悪い事が続いたその引き金を引いたのは私だ。

お腹を開けなければ、ジブは薬を飲みながらも、下痢をしながらも、まだまだ美味しいものを食べて、日向でのんびりして、ぐっすり眠って、おしっこもして、一緒に暮らせていたはずだった。
お腹さえ、開けなければ腎機能の低下が急速に進む事も無かった。

私が開腹手術を決断してから、たった、5日間で、ジブは逝ってしまいました。

13年間慈しみ愛した命を、私は自ら殺したようなものです。
どんなに謝っても謝っても、謝りきれない。
本当に悔いしか残らない。
ジブの心臓が止まった時に私の心臓が代わりに止まっていたら良かったのに……
いっそ、狂えたらいいのに……。

でも、狂う事さえ許されません。ジブに許されないでしょう。
私のもとには、まだ命が2つあります。くろんと夜。
その二つの命を、この子たちが十二分に生ききるまで、私は狂う事は出来ないのです。

ジブが旅立って以来、くろんは寂しそうです。
今まで以上に抱っこをせがみ、夢見も悪いようで、寝ながら呻くことが増えました。
仔猫の頃からくろんはジブに育てられたようなものです。
ジブの愛情を受けて、教育も受けて、育ちました。
ジブが入院する前くろんには声を掛けました。
『お兄ちゃんとお医者に行ってくるからね。お留守番しててね』と。
ジブを入院させて帰宅したとき、私はくろんにこう言いました。
『お兄ちゃん、入院して手術受ける事になったの。結構長く居ないかもしれないけど、ちゃんと元気で帰ってくるから、一緒に待ってようね』と。
でも、その言葉は果たせなかった。
ようやく帰ってきた大好きなお兄ちゃんは、もうこの世のものではなく、呼吸もしていないし、くろんに反応すらしてくれなかった。

荼毘に付した日、出がけに夜はもう一度ジブの匂いを嗅いでくれました。
くろんも身体中の匂いを嗅いでいました。鼻ちゅうもしていました。
その晩から、くろんの抱っこしてというお願いは、加速しました。
くろんは相当ショックを受けているのだと思います。寂しいのだと思います。
可能な限り、心を和らげようと私もお父ちゃんもくろんの要望に応えています。

くろんがいる限り、夜がいる限り、私は狂う事も出来ず、淡々と日常をこなしています。
毎日、何度か余震で津波が押し寄せるようにどっと哀しみがやってくることがあります。
気が付くと目から涙がこぼれている事があります。
食欲が失せ、胃が痛いです。
でも、これは私に科せられた罰であり、受けなくてはいけない事なのだと思っています。
いつか、許される日がくるといいなと思いながら、過ごしています。

13年以上も一緒に暮らしてくれてありがとう、ジブ。
もしジブが許してくれるなら、もう一度私のもとに戻ってきてください。
どんな姿でもいい。また一緒に暮らしたい。そう切に願っています。

この日記は6月以降の記述がされていません。
ジブの生きた証にもなるので、また日付を遡って埋めていきたいと思っています。
明日以降の日記は、くろんと夜、ふたりの日記になります。
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