2009-11-01-Sun 夜半から雨の日曜日 [長年日記]

元三男坊の十兵衛、我が家で急逝いたしました。

 昨日、10月31日。
我が家にとって元三男坊であった十兵衛が、13時過ぎに息を引き取りました。
享年は8歳前後です。ひとの年齢なら48歳前後。あまりに早過ぎます。

現在の宮城のお父さんの了解を得た上で、自分の気持ちに整理をつけるため、書き記します。

・10月24日(土)

 今年2月に亡くなった旦那さまのお母様の喉仏の骨を、大本山である京都の東本願寺に納めるべく、くろんと夜をペットシッターさんにおまかせして、出発しました。
 二泊三日の予定です。
 ちょうど京都駅に着いた時、マナーモードにしてあった携帯に着信が何度もあったこと、留守電が残っている事に気が付きました。
 相手は、十兵衛のお父さんで、急な長期出張が入ったので、十兵衛を預かってもらえないかというお話でした。

 十兵衛はもともと我が家で暮らしていた子です。
 庭に迷い込んできた時から片目で去勢済みで首輪の跡さえあった子でした。
 迷子の可能性もあるだろうと思い、ポスターなどを張り出したりしたのですが、結局誰も名乗り出る人がおらず、正式に2007年7月に三男坊として我が家に迎え入れました。
 しかしジブやくろんとの折り合いが悪く、主にジブと毛が飛び散るようなケンカが週に最低でも一度。流血の、怪我を負うケンカも数度ありました。
 どんどん十兵衛の明るく元気な性格が、縮こまっていくように感じられ、mixiの日記や里親募集サイトで里親捜しに踏み切ったのが2007年の11月に入ってからでした。

 宮城の友人がが里親に成る事を名乗り出てくれて、正式にお願いしたのが 年明け2008年の1月でした。

 十兵衛の体調が悪い事は、mixiの彼の日記で知ってはおりました。
 詳細は知りませんでしたが、その電話で体重が4キロを切ってしまっていることを知りました。
 あまり良くない状態だと感じられました。

 こちらが26日月曜日まで京都に居る事。彼自身が動くとしたら25日日曜日しか無い事。
 ペットシッターやペットホテルなども検討しましたが、体調が悪いのなら獣医さんに入院させた方が良いだろうという話しもして、
 結果的に我が家の掛り付けの獣医さん、以前十兵衛も掛かっていた獣医さんまで運んでもらって、体調が悪い事も伝えた上で暫定的に月曜日まで預かってもらい、
 火曜日に私が迎えに行くという話しにまとまりました。

・10月27日(火)

 獣医さんに十兵衛を迎えに行きました。
 体重は電話で聞いていたときよりも更に減って、3.6キロになっておりました。
 口内の炎症が酷く、そのせいで痛みで食事が出来ず体重の減少をみたのだろうと。
 保護当時炎症を起こしていた左下奥とは別に、右上奥が真っ赤になっておりました。
 原因は、歯石です。
 もともと歯石が付きやすい子で、我が家に居た折りにも定期的に歯石の点検をして、炎症を起こす前に、落としておりました。
 口の中を覗いてみると、炎症を起こしている箇所以外にも歯石があちこちの歯に付着しております。

 その状態に、私はショックを受けました。
 どうして、こんな状態になるまで放っておかれたのかと。
 あれほど歯石が付きやすい、口内で炎症を起こしやすい子だから定期的に検査して欲しいとお願いしておいたのに、と。

 炎症を起こしている今現在では落とす事はかないません。
 炎症が治まったら落としましょうという話をして、保護当時炎症をおさえるのに効果的だった飲み薬と口内に垂らす液状の薬とを処方してもらい、
 他に体重を体力を増やすために、療法食であるヒルズのa/d缶を受け取り、軽くなってしまった十兵衛を抱えて病院を後にしました。

 帰宅し一応キャリー越しにくろんと夜にご対面。
 くろんは、途端に「フシャー」夜は甘え声で近寄ったのですが人見知りならぬ猫見知りの十兵衛に「フシャー」とやられびっくり眼で退散しました。

 取り敢えず、2階の一室を十兵衛専用にしました。
 キャリーから出すと、腰がふらついています。
 目にも力がありません。まさによたよたという感じで用意してあった座布団に座り込み、甘えて小さく鳴くので身体を撫でてあげると、ゴロゴロと喉を鳴らしながら眠りにつきました。

 午後10時頃。すでに獣医さんで4時過ぎに晩ご飯と飲み薬は済ませていたのですが、お腹が空いているかもしれないし、食べられるなら食べて欲しいと思い、ご飯を用意しました。
 でも、表面をペロペロと少し舐めただけで、終りでした。
 おしっこの回数が少し多いなと感じました。3時間の間に、少量ですが2回するような感じです。
 親指の長さぐらいのうんちをひとつしておりました。

・10月28日(水)

 朝ご飯を持っていったのですが、昨晩同様表面をペロペロと少し舐め取る程度。寝ている間に食べてくれないかと思って出しておいたご飯にも手をつけてないようでした。
 それでも、多少は舐め取ってくれたので、投薬と滴薬。相変わらず腰がふらふらして、よたよたと歩いています。

 お昼近く、味が変れば食べてくれるかと思い、別の総合栄養食の缶詰を開けて持って行きます。
 3~4口、舐め取らずに食べてくれたので、そのあとはまた滴薬。

 晩ご飯、療法食を持って行ったのですがやはり舐める程度。
 身体のふらつきが収まらないので、これは食べさせなければと思い、この晩ご飯から強制給餌、強制給水に踏み切りました。
 ご飯だけでなくお水も強制にしたのは、おしっこをしている回数に比べて、お水の減りが少ないからです。
 ご飯をそれほど食べていないのでご飯からの水分量はたかだかしれています。
 それにしてはおしっこの回数が多く、水の減りは少なかったので、このままでは脱水を起こすと思いました。
 背中の皮をつまんだ感じでは脱水は起こしていませんでしたが、このままだと早晩起こしてもおかしくないので、強制給餌・給水に踏み切りました。
 口の中にいれてやると、十兵衛は抵抗もせずに飲み下します。
 あらがう力がないのだと感じました。
 必要分をお腹に納めさせてから、投薬と滴薬。
 夜中近くに更に食べさせ、滴薬しました。

・10月29日(木)

 部屋の中から十兵衛の大きな声が聞こえてきます。
 昨日までも鳴いていましたが、その鳴き声よりも力強さを感じました。
 朝ご飯を持って行くと、よたつきがだいぶんマシになっています。
 多少ふらつく事もありましたが、しっかりと歩いています。
 でも、やっぱり療法食はお気に召さないのか、食べてくれないので強制給餌と給水。
 しかし、滴薬したあと、口の中をもぐもぐと動かすのですがそれが引き金になって、直後食べたものを吐き戻してしましました。
 その前にあげた薬ごと、です。
 ただ、十兵衛の胃の状態を考えると、1回分量が多すぎるのかなと思えました。

 胃が落ち着くのを待って、30分後に、先ほどの半量のご飯を持って行って強制給餌と給水。食べ終えた10分後に投薬と滴薬。
 今度は吐き戻す事もなく、胃に収まりました。

 更に数時間後、残りの半量を持って行って強制給餌と給水。滴薬を済ませます。
 これで一日の必要分の半分を食べきりました。

 お天気が悪くないので、ベランダに誘うと出てきて日向ぼっこ。
 このあと、旦那さまを駅まで送って戻ると、以前お気に入りだった窓に十兵衛が座って眺めているのを車の中からみとめました。
 道路から「十兵衛~」と声を掛けると、大きな声でお返事してくれました。
 ジャンプしないとあがれない場所です。少しだけれど力が戻ってきたと感じられました。

 おやつどき、味を変えて総合栄養食の缶詰をあけて持って行くと持って行った量の半分を食べてくれました。

 晩ご飯はまた療法食で、強制給餌と給水。
 このとき、十兵衛が初めて手を使ってつっぱねるようにして、強制をいやがる仕草をみせました。
 それまでは抵抗すらせずに、されるがままだったのに、です。
 いやがられはしましたが、それでもなだめすかして強制給餌を続けます。とにかく食べないと体力が戻らないと思ったので。 投薬と滴薬。
 食事を上げる前に計った体重は、3.4キロ。
 約一日ご飯をほとんど食べなかったので、少し減ったのだろうと思いました。
 これからどんどん、いやがっても食べさせていかなくてはと改めて思いました。

 夜寝る前にも強制給餌。これでようやく一日必要分量をすべてお腹におさめた計算です。滴薬して休みました。

・10月30日(金)

 今日は、仙台の獣医さんで打った抗生剤の注射の効果が切れるので追加接種しに、夕方獣医さんに向かう予定です。

 朝ご飯、必要量の1/4。やはり進んでは食べてくれないので強制給餌と給水。投薬と滴薬。
 腰のふらつきは昨日よりも更にしっかりとしてきておりました。
 日向で香箱を作って眠りに入ります。

 数時間後、1/4の強制給餌および給水。そして滴薬。
 十兵衛は、ふてくされたような感じで窓に飛び乗り外を眺め始めたので、撫でながらしばしお付き合い。
 ぐりぐりと頭をこすりつけてくる元気さを取り戻しておりました。

 14時頃、総合栄養食を持っていくとまた少しだけ食べてくれたので、食後に滴薬。

 このとき、少しおかしいと感じました。
 日陰に向かったのに香箱を作らず、足を投げ出すようにして横たわったのです。
 確かに気温が上がってはおりましたが、部屋の温度はそれほど高くありません。
 日向ではなく日陰に行った事。熱でもあるのかと思い、計ってみたのですが特に発熱している様子は見られませんでした。
 皮もつまんでみたけれど、戻りは悪くなく脱水も心配から外れました。

 午後の診療に合わせて十兵衛を獣医さんに連れて行きます。
 くろんは定期的な血液検査、夜もここのところ耳をかゆがっていたので、一緒に連れて行く事にしておりました。

 十兵衛を抱えてキャリーにいれます。
 このとき、念のためと引っ張った皮膚の戻りが遅い事に気が付きました。
 あれだけ給水をさせているにも関わらず、脱水が起こっていると気が付きました。数時間前と違っておりました。

 獣医さんに到着。院長先生に見てもらう事にして、順番を待ちます。
 呼ばれて最初に十兵衛をキャリーごと、運び込みます。

 先生の見立ては、やはり脱水を起こしているので緊急で輸液をしようということに。
 準備をしている間に体重を量ってもらうと、体重は更に減って3.28キロしかありません。 あれだけ強制給餌・給水をしていたにもかかわらずです。

 点滴の準備が整って、十兵衛の右手に針を差し込みます。
 まず最初に血液を採取するのですが、その血を見て先生が、「血の色がおかしい。肝リピドーをおこしているかもしれない」と。
 確かに、先生のおっしゃるとおり、本来の血の色ではないのです。
 先生の言葉を借りれば、ピンクっぽいという感じです。
 大至急血液検査もする事になり、必要分を採血してから輸液に代え、十兵衛の点滴を始めました。

 昼過ぎまで、窓枠に飛び乗ったり元気にないていたのに……
 この急激な展開に、一瞬私はついて行けなくなっておりました。

 私の掌に頭を載せたまま、十兵衛は点滴を受けます。
 足も手も投げ出して、力ない感じを受けました。

 しばらくして、血液検査の結果がもたらされました。
 「DICを起こしている。多臓器不全が起こっていると思います」と。
 DICは、血液内で凝固作用が生じる事です。血栓が多発することです。そのため、血液の色がおかしくなります。
 「貧血も起こしているので、緊急で輸血をしましょう」という事になりました。
 「多臓器不全をおこしていると思われるので、持って数時間かもしれません」
 そんな予想外の、思いもよらない宣告も受けました。
 「飼い主に連絡をとった方がいい状態ですか?」 そう私が訊くと、すぐにでもという話になり、看護師さんに十兵衛の手枕を変わってもらい、私は院外に飛び出しました。

 車内でくろん、夜と一緒に待機していた旦那さまにそのことを伝え、その場で携帯を操作します。
 音声は留守電にしかならなかったので、留守電を残し、携帯メルアド宛にメールを送信し、mixiではボイスに書き込みをしました。
 早く気付いて連絡が欲しい一心から、考え得る事をしました。

 心臓のドキドキが収まりません。なぜ? どうして?
 お昼過ぎまではあんなに元気そうにしていたのにと。
 てっきり回復基調に乗り始めたと思っていたのに、と。

 出来うる限りの事をして、院内に戻ります。
 輸液はかなり早いスピードで十兵衛の体内に送り込まれています。
 先生は、奥で輸血の準備を始めてくれていました。
 獣医さんで飼っている猫がジブのときと同様に血を分けてくれるのです。
 でも、採血するためには、その猫に麻酔をかけなければ出来ないのです。

 看護師さんと手枕を変わろうと思ったところで、携帯が鳴りました。
 彼に説明をして、来られるならすぐにでも駆けつけた方が良いと伝えました。
 彼は、これから家に帰って1日からの出張の準備をしてから駆けつけるという話でした。
 宮城県から5時間あまりかかるでしょう……。

 先生が輸血の準備が出来たとおっしゃって、いったん診察室に戻ってこられたので、宮城のお父さんがこのあと家を出る旨、到着するのは日付が変ってから夜中になるだろうと伝えました。
 先生は、それでもかまわないから、到着したらすぐこちらに来るようにと言ってくれました。

 あまりの急激な変化に戸惑い、先生に尋ねます。
 「昼過ぎまでは、窓に飛び乗って外を眺めるくらい元気だったのに」と。
 先生がおっしゃるには、口内の炎症を起こしている箇所から細菌が入り込み、そして急激にDICが進んだのだろうという事でした。
 その結果、脱水、貧血、多臓器不全になったのだろうと。

 わずかに半日もかからずに、十兵衛の状態は一気に悪化してしまったのです。

 輸血が始まりました。しばらくすると、十兵衛の身体が起きてきます。
 輸液と輸血で、少し身体が楽になってきたのでしょう。 投げ出していた手足を納め、自力で身体を起こし、片手だけは伸ばした香箱を組み始めました。
 このまま、好転してくれればいい。輸血を全部まだ終えてないのに、十兵衛は身体を起こす事が出来た。
 その力で、乗り切って欲しい。
 「頑張るんだよ、十兵衛。お父さんもうすぐ来るからね」 そう、声を掛けると、十兵衛は「んー」と声でお返事してくれました。

 院内で十兵衛に対して私がしてあげられることはもうありません。
 輸血はまだ終わりませんし、そのあとまた更に時間を掛けて輸液もします。
 獣医さんにこの後の事はまかせて、彼が到着したらすぐにでも駆けつける事を約束しました。

 このあと、診察室を代えてくろんの血液検査のための採血をしてもらいました。
 夜の耳も見てもらいましたが問題なく、念のためとクリームをつけて耳の中を綺麗にしてもらって、ふたりの診察は終りです。

 「もしかしたら、また輸血が必要になるかもしれない」との先生の言葉に、くろんは採血を余分にしてもらって、検査。
 結果は、少し血が薄いと言う事で、夜も検査することに。
 夜の血液は綺麗で輸血するにも十分な濃さを持っているとわかり、いざとなった時には、夜から血を分けてもらう事に決まりました。

 獣医さんを出たのは、20時をとっくに越えてからでした。
 カラッポのキャリー、くろんと夜と一緒に帰宅しました。

 宮城のお父さんから帰宅した旨の電話が入ります。
 一度切ったのですが、失念していた事を伝えるために、もう一度こちらから掛けました。
 「そちらを出る時に、もう一度電話をください」と。

 家を出るという留守電のメッセージを受けたのは、21時半ぐらいだったと思います。
 ざっと、5時間プラスして、我が家にいったん到着してから獣医さんに向かう時間もプラスして、「夜中の3時ぐらいまでにはそちらに向かえると思います」と獣医さんに連絡を入れました。

 23時半近く、常磐道に入って今SAにいると、連絡をもらいました。
 あと、到着までは2時間弱ぐらいでしょう。

 私は入浴することにしました。たぶん今晩は眠れない事も覚悟しました。

 深夜2時前、家の前に到着したと連絡が入ります。
 私は2階の寝室で、入浴後の手入れをしていたので、旦那さまが家に迎え入れ、事の経緯を階下で説明してくれました。
 私の運転で、彼を乗せて獣医さんに到着したのは夜中の2時半を少し回ったくらいだったと思います。

 期待に反して十兵衛の状態は好転してくれてはおりませんでした。
 輸血後もDICが進んでいる事。多臓器不全も進んでいる事。おしっこが出なくなっている事。腎臓と肝臓もやられはじめているのだろうという事。朝まで持たせる事が出来るかどうか……。
 そんな事を聴かされました。

 入院しているケージの中で、十兵衛は入り口扉に背を向けて眠っているようでした。
 先生が揺り起こすと、十兵衛はようやく気付いてこちらを振り向きます。
 宮城のお父さんが声を掛けるととても嬉しそうな大きな声で返事をしてくれました。

 「もう一度輸血をしようと思いますので、これから準備に入ります」 先生がそうおっしゃって、席を外します。
 獣医さんの飼い猫、2匹目の女の子が血を分けてくれるそうです。

 彼が声を掛けると、十兵衛はよろけながらも立ち上がって寄ってこようとします。
 その姿は、あの時のジブに重なってしまって……私は心臓が張り裂けそうでした。

 先生に話した上で、彼には、このまま院内にとどまってもらう事にして、私は帰宅する事にしました。
 十兵衛は、彼の猫です。
 確かに我が家の三男坊であった事もありましたが、今はそうではありません。
 一緒に暮らした年月も、もう彼の方が長いのです。
 そこにとどまって、私に出来る事はもうなにひとつありませんでした。

 何かあったらすぐ来るから電話をするように伝えて、また先生にもお願いして、私は病院を立ち去りました。

・10月31日(土)

 帰宅後、私は少し眠る事にしました。
 本当に、あまりの急な展開、予想を遙かに超えた展開に心身共にかなり参っておりました。
 旦那さまが代わりに起きていてくれて、彼からの連絡も受けてくれるとの事で、私の携帯と彼から帰り際受け取った彼の車の鍵を旦那さまに託し、
 くろんと夜と一緒に、私がベッドに入ったのは、明け方4時を回っていたと思います。

 旦那さまが寝室に入ってきました。
 彼から連絡があったこと。少し仮眠を取りたいから車を持ってきて欲しいとのこと。
 私が起きようとすると、旦那さまが代わりに行ってくれるとの事。
 私は頼り、携帯を枕元に置いておいてもらって、再び眠りに付きました。時計を見たら、7時半をまわったぐらいでした。

 次に電話を受けたのは、8時半ぐらい。
 3度目の輸血を受けたけれど、十兵衛に回復の見込みはもう無い事。それならば家で看取ってあげた方が良いとの判断をした事。
 彼が対応できなかったので、旦那さまがそう決断して先生に伝え、つないでいた点滴の管を外し、これから家に向かうという連絡を受けました。

 私は片手に夜を抱き、くろんを足の間で眠らせながら、その電話をベッドの中で受けました。

 まだ眠いとぐずる夜。
 もう起きるんでひゅかああ~ぁと大あくびのくろん。
 そんなふたりにごめんねと謝りながら、私はベッドから起きあがり身支度を調えます。
 あちこちの雨戸を開け、十兵衛の部屋を整え直し、宮城のお父さんと十兵衛、旦那さまの帰宅を待ちました。

 ほどなくさんにんが帰宅しました。
 2階の日当たりの良い部屋に十兵衛を運び込んでもらいます。
 少し落ち着いたあたりで、私も十兵衛の顔を見に行きました。

 「十兵衛……べえくん……」 そう声を掛けると、「んー……」と声を上げながら目を開けてくれました。
 「頑張ったね、べえくん。お父さん来てくれて良かったね」 ひと撫で、ふた撫でして部屋を後にしました。

 これが私にとって、まだ生きている十兵衛の最後の姿でした。

 なるべくお父さんとふたりきりにしてあげようと、極力部屋を訪れるのはやめておりました。
 弛緩した時間が流れていきます。
 朝方まで持つかどうかと言われた十兵衛。 もう、いつ、息を引き取ってもおかしくないのです。

 気が付くとお昼近くになっておりました。
 それまでの間、何度かお父さんは階下に降りてきて、何度か言葉を交わしたはずなのですが、はっきり覚えていません。
 十兵衛のそのときの様子を訪ねたのだけは覚えています。

 午後1時を回った頃。ドタドタいう足音と共に宮城のお父さんが降りてきます。
 「十兵衛、もう駄目かもしれない……」と。
 急いで2階にあがります。仮眠を取っていた旦那さまにも大声で声を掛けます。

 長座布団に横たわった十兵衛の呼吸はもう止まっておりました。 声を掛けますが反応はありません。
 胸に耳を当ててみると、まだ鼓動はありました。 名前を呼びながら身体を刺激します。 でも、呼吸は戻りません。
 また胸に耳をあてると、まだ鼓動があります。 その様子を見た旦那さまは、階下から聴診器を持って再び上がってきました。
 胸に聴診器を当てます。弱く不規則な鼓動が聞こえていたそうです。
 私も、胸に直接耳を押し当てます。まだ鼓動があります。
 「人工呼吸を試してみる? それともこのまま、逝かせてあげる?」 そう、私はお父さんに訊ねました。
 彼からの返事はありませんでした。
 だから代わりに旦那さまが決断してくれました。 「このまま、逝かせてあげようよ」と。

 十兵衛の心音が聞こえなくなりました。
 1時半にはなっていなかったと思います。
 彼が自分の腕時計を鼓動が聞こえなくなったと言った時、見たのは覚えています。

 「十兵衛、べえくん……よく頑張ったね。えらかったね」 確かそんな言葉を掛けたと思います。
 ぼろぼろと涙がこぼれ落ちてきました。 しばらく身体を泣きながら撫でて、お父さんにあとを任せ、旦那さまとふたり、部屋を出ました。

 しばらくして、お父さんが降りてきました。
 十兵衛がおしっこをしたみたいだからぞうきんを貸して欲しいと。
 私は洋服に付いた染みを拭くよりも、着替えがあるなら着替えた方が良いと促しました。

 十兵衛の腎臓は、それほど衰えていなかったのでしょう。
 息を引き取った後に、最後の排尿が出来たのですから。
 ジブは、おしっこを作る事さえ出来ないほど、腎不全を起こしていて、当然、息を引き取ったあとの排尿はありませんでした。

 今後どうするのかの話し合いです。 具体的には、いつ荼毘に付すのかという事。
 骨を拾いたいのならこれから火葬場に連絡をとるからどうする?と。
 お父さんは、11月1日から出張なので、今晩中には宮城へ帰宅しなければならないからです。
 出た結論は、今日は荼毘に付さず、明日の予約を取って、私と旦那さまのふたりで骨を拾うことになりました。
 お骨も彼が出張から帰るまで、我が家で預かります。

 彼も眠っていないので、十兵衛を和室に移し添い寝しながら仮眠を取るようにと促します。

 1時間以上経った頃、彼が眠れないといって降りてきて、このまま帰宅すると伝えてきました。
 十兵衛を預かる時に渡されたトイレや食器、予備のトイレ砂は持ち帰ってもらう事にしました。
 預かっていたご飯は、話の結果獣医さんに寄付する事になりました。

 彼が去った後、十兵衛の顔を見に上がります。 安らかな顔つきになっておりました。
 身体を撫で声を掛け、お父さんは帰った事、出張から帰ったら向かえに来る事、それまではうちで過ごす事などを伝えます。

 その晩は旦那さまが十兵衛と一緒に眠ってくれました。
 お父さんの代役です。

・11月1日(日)

 予約した午後三時に火葬場に到着しました。
 口内に問題があったので、食べさせてあげる事が出来なかったまたたびの実、そしてカリカリを少し包んで供え、十兵衛を見送ります。
 計測した体重は、3.6キロでした。

 途中出張先の空港についたところで宮城のお父さんから電話がありました。
 こちらの天候と進行度合い訊ねられます。
 風が強いけれどまだ晴れている事、ほんの少し前に見送った事を伝えます。

 十兵衛の骨は、ジブと比べると華奢な骨でした。
 抱きしめながら家へと連れ帰りました。

今、十兵衛は小さな小さな姿になって、ジブの隣におります。
今晩から捧げる陰膳は2つに増えてしまいました。

まさかひと月のあいだに、長男坊と元三男坊を見送る事になるとは思いませんでした。
ジブが亡くなってから、ようやく最近気持ちが少し落ち着いてきた矢先の出来事で、また心が千々に乱れております。


書こうかどうか散々迷いましたが、あえて宮城のお父さんの傷口に塩を塗り込むような事を書かせていただきます。
書いて自分の気持ちを整理して吐き出さなければ、私はきっとこの先彼と友人としての付き合いにもどこかしらぎくしゃくしたものを感じてしまうと思うのです。
だから、あえて書かせていただきます。

やはり、今回の十兵衛の死は、どうしても防ぐ事が出来た事であったと思えてならないのです。

十兵衛を託した時、すでに口内に問題を抱えている事、定期的な通院が必要になるかもしれない事、歯石が付きやすいから定期的に口内を見てもらって、必要に応じて歯石を落とさなければならない事。
そのことはしっかりと伝え今後の事をお願いしたつもりでおりました。

その事を納得した上で、医療費もかかる可能性が高い事を受け止めてくれた上で、手間も暇も掛かる事を分かってくれた上で、それでも十兵衛をもらってくれたのだと思っておりました。

実際、定期的に病院に連れて行ってくれているのは日記を通して知っておりました。
でも、まさか、その際に口内の確認を、歯石の付着の確認をしてくれていなかったとは、思っていなかったのです。

彼が我が家に到着した晩、「どうしてあんなになるまで放っておいたの?」私は訊ねずにはいられませんでした。
彼は、口ごもりはっきりとは答えてくれませんでした。

もちろん、彼自身、口内の炎症に細菌が入り込んだせいでという理由は伝えてあったので、わかっていたのだと思います。
何を言っても言い訳にしかならない事。
自責の念にかられていたのは、よくわかっておりました。
でも、どうしても口に出さずにはいられませんでした。

獣医さんに向かう車内で、私は訊ねました。
「歯石に気がつかなかったの?」と。
彼は答えます。「気が付いた時には、もう手遅れだった」と。

私は次の言葉が継げませんでした。

言葉の内容から察するに、炎症を起こすまで気が付かなかったのだと思います。もしかしたらこちらの獣医さんに掛かるまで口内の炎症など疑ってなかったのかもしれません。

そうでなければ、食欲が無かった十兵衛のために、何件も店を回って固いドライフードを探したりする理由にならないからです。
お腹の調子が悪いわけではなく、口内の炎症のせいで、食べたくても食べられなかった十兵衛のために、障りにしかならないドライフードを探すわけがありません。
探すとしたら柔らかくて栄養価の高いウエットフードのみのはずです。

あれほどお願いしてあったにもかかわらず……と、どうしても怒りに近い哀しみがこみ上げました。

もちろん、いまさら彼を責めたところで十兵衛が戻ってくるわけ ではありません。
でも、もしもこの先、新しい命を向かえる事があったなら、十兵衛が教えてくれた事は生かして欲しいのです。
その子の中に。
十兵衛の死を無駄にしないで欲しいのです。
十兵衛十兵衛
塩を塗り込むのは彼に対してだけではありません。
私にも塗り込むことが必要です。

どうして十兵衛を手放したのか……。
ジブやくろんとケンカをしながらでも、年月を掛ければもしかしたら折り合いが付いたかもしれない。

でも、どんどん明るさを失って萎縮していく十兵衛を見ていられませんでした。
ジブもくろんも、十兵衛も、お互いの動向にピリピリする回数が増え、ストレスで体調を崩していたくろんを見ていられませんでした。

2007年の秋、旦那さまとも散々話し出した結論であったとはいえ、今思うのは、やはりあの時手放さなければ良かったという事です。

でも、十兵衛は宮城のお父さんの家で、ひとりっ子として可愛がられて、彼だけでなく彼のご両親にも可愛がられて、とても幸せそうでした。
本来のひと懐っこい、明るい性格を取り戻してイキイキと暮らしていたと思えました。
だから、手放した事は間違っていなかったと、私は思っておりました。
十兵衛は愛されて生活をしていると。

そして、例え鬱陶しがられたとしても、もっと頻繁に十兵衛の体調を彼に訊ねるべきだったのだと思います。
彼は、決して鬱陶しがるなんて事は無かっただろうと思います。
私が口を挟んでいれば、もっと口内の歯石や炎症についてマメに検診を受けていてくれただろうと思います。

でも、十兵衛の親は、飼育者は彼なのです。
前の飼い主が、託した後もあれやこれやと口を出すのは、私にはあまり好ましい事だとは思えませんでした。
託した以上、お願いした以上、全面的に相手を信頼して 余計な口出しは不要な事だと思っておりました。

でも、出すべきでした。

もっと口やかましいぐらいに十兵衛の健康を訊ねていれば、十兵衛は歯石を作る事もなく、炎症を起こす事もなく、体重が減少する事もなく、炎症から細菌が入って死に至る事も無かったのだと思えてなりません。

自分の考えが、これまでの行動が悔しくて仕方がありません。
もっと十兵衛に対して出来る事があったはずだと思えてなりません。

でも、十兵衛は我が家を離れてから確かに幸せだったのです。
宮城のお父さんが到着して声を掛けた時の、あの嬉しそうな顔と鳴き声が未だにハッキリと思い起こせます。

2年近くの歳月、十兵衛と一緒に暮らしてくれてありがとう>宮城のお父さん
出張先で、気持ちが乱れる事もあると思います。
自分の体調に気をつけて、ちゃんと無事に帰宅して十兵衛を向かえに来てください。

それまでは、毎日我が家でジブと共に陰膳を上げ、毎日我が家で過ごした半年あまりの日々を思い返して話をしてあげたいと思います。

さようなら、十兵衛。

写真は、獣医さんから連れてきた10月27日に、宮城のお父さん宛、到着した旨を知らせるメールに添付した写真です。
我が家に到着して2階の一室で長座布団の上で落ち着いたところを携帯で写したものです。
これが生前の最後の写真になりました
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