今日でジブの49日を迎えました。
この世にとどまる事を許される最後の日と言われています。
ずっと上げてきた陰膳は、今日が最後になります。
少し思い出話をさせてください。
ジブが我が家の子になったのは、1996年5月25日のことでした。
生後1ヶ月程度。
離乳したてぐらいの月齢で我が家に来ました。
故長女の掛り付けの獣医さんのご紹介で縁をいただいた子でした。
お母さん猫のお腹の中にいる時分から、お母さん猫が保護されて、ひとの家で誕生しその後も我が家に来るまでお母さん猫、兄弟猫と一緒に過ごしておりました。
ジブと最初に会ったとき、その兄弟もいて、白茶で尻尾の長い男の子とやはり尻尾の長い三毛の女の子でした。
ジブだけが、兎の尻尾で可愛らしかったのを覚えています。
ジブと名付けたのは、お父ちゃんです。
当時スノーボードに夢中になっていて、それに関連する言葉ジブ・トリックから名前をもらいました。
大きな目と大きな耳、きょとんとした顔でじーっと見つめる子でした。
おとなになってからのジブは、とても賢く聞き分けの良い子でしたが、仔猫の頃は少し苦労させられました。
苦労させられたのは、トイレです。
我が家に来る前は、ふつうに用意された猫トイレできちんと済ませていたそうです。
なのに、我が家に来てからは猫トイレを使ってはくれるものの、頻繁に粗相もしてくれました。
どうやら布地の上でするのが好きなようで、流石にカーペットは被害にあわなかったのですが、当時10個ほどあった小型のクッションで残っているのはひとつ切りです。
クッションの上に座って居るなあと思ったら、もうそこでおしっこをしていました。
出勤前着替えた私のスカートの上に座ったと思った途端、おしっこをされた事もありました。
朝目覚めたら、ベッドの上にうんちが転がっていたこともありました。
どうしてなんだろう? と。猫トイレできちんとすることもあるのに……と。
当時私は半ば育児ノイローゼに到達しそうな勢いで悩んでおりました。
悩んだ挙げ句、この子はもとのおうちに戻した方がいいのだろうかと思った事もありました。
でも、お父ちゃんがもう少し長い目で見ようよと言ってくれて、あるとき現行犯でガツンと怒ってくれて、それ以来ジブの粗相は嘘のようになくなりました。
好奇心が旺盛で、でも賢さの片鱗は小さい頃からあって、人間の目を不思議に思ったのでしょう、爪を出さずにそ~っと、目に、瞳にさわろうと手を伸ばして来た事がありました。
何回か試して、ようやくこれは人間さんの目なんだと幼いながらに理解したようでした。
好奇心のままに色々な事に興味を示すのですが、命に関わるような危ない事は「ダメ」と言うだけで、一度で覚えてくれておりました。
ひとの目をじっと見るのが好きな仔猫で、話しかけるとじっと目を見ながら聴いている子でした。
『顔の近くで寝たがる猫ほど甘えんぼ』そんな話を聴いた事があります。
ジブもそのクチで、仔猫の頃は、私の顔を抱くように眠ったり、アゴに自分の顔を乗せたまま寝たり、首の上で眠られて目を覚ましてしまったこともありました。
大人になってからはずっと腕枕。
私の左側はジブの定位置でした。
冬は当然ですが、真夏でもぴったりくっついて必ず腕枕。
暑くなると私の顔のすぐ横の枕に移動し、丸い腰のあたりを私の顔にくっつけて、私の手の平を枕として抱え込んで眠りました。
おとなになったジブは、甘えっ子の部分もたっぷり残していましたが、賢さも身につけ、物わかりの良い我慢強い男の子に育ちました。
生まれた時からご飯に困るというような経験が無い子でしたから、おっとりとしたおぼっちゃまに育ちました。
ジブは甘えっ子でもありましたが、甘えさせてくれる子でもありました。
およそ9年前、一時期精神的に辛かった時期が私にはあったのですが、その時もジブが傍にいて甘えさせてくれたから、私は乗り切る事が出来ました。
私にとってジブは特別な子。時には頼りにする存在でありました。
5歳の時、現在の住まいに引っ越してきました。
それまでは東京でマンション暮らしでしたが、今度は一軒家。
家が広くなり2階や階段が出現して、ジブは運動量が上がると同時に甘えっ子が加速して後追いが激しくなってしまっておりました。
きっと、前の家に比べたら、同じ家にいながら姿が見えない事が増えて、時に不安だったのだと思います。
でも、あまりその不安、後追いを加速させると分離不安症になったりするので、こちらに越してきて半年を過ぎたあたりで、今掛り付けの獣医さんに保護された子の中から、次男坊としてくろんを我が家の子に迎え入れました。
最初は「フーッ」っと威嚇していたジブですが、1週間が経つ頃には一緒に眠ってあげたりするお兄ちゃんぶりを見せてくれました。
本当にくろんの面倒をよく見てくれて、やっては行けない事、して良い事、おトイレの使い方などいっぱい教えてくれました。
時には遊びに付き合い、遊びに誘って遊ばせてくれて、必要な時にはちゃんと怒ってもくれて、本当にしっかりしたお兄ちゃんになりました。
と、同時に後追いはだいぶん押さえられ、私の姿が見えなくても、時に「お母ちゃん、どこー?」と訊く事はあっても、追尾ミサイルのように始終追い掛ける事はなくなりました。
くろんは小さい頃からお腹が弱く、嘔吐や下痢が頻繁でだいぶん心配しましたが、ジブはもっぱら健康で数えられるぐらいしか獣医さんには架かっておりません。
年に1度、シニアになってからは年に2回、血液検査と健康診断を定期的に受けていましたが、毎回問題が無い子でした。
だから、それ故にどうしても最後の最後……悔いが残り悔やまれて哀しくてなりません。
未だにジブの事を思い出すと、涙がにじんできてしまいます。
あまり悲しんでばかりいると、ジブが浮かばれなくなってしまうと思っていても、それでもどうしても涙が止まらなくなってしまいます。
でも、もう49日です。
もう49日なのか、まだ49日なのか、早かったのか遅かったのか……よくわかりませんが、ジブが迷う事のないように、私はもう少し強くならなければならないのだと思います。
くろんは日常を取り戻し、少しずつですが夜に対して遊んであげる頻度が上がり、少しずつお兄ちゃんっぽくなってきています。
まだ時々は「フシャー」と言ってしまいますけどね。
夜は、もう立派なおとなのはずなのに、どこか仔猫っぽさを残していてその遊ぶ姿や甘え方でこちらを和ませてくれます。
私は、くろんに夜に、ずいぶんと助けられているのだと思います。
でも、まだ、ジブを失った寂しさは簡単には癒えてくれないようです。
「ね~う~(寝ようよ/眠いよ)」「め~よ(ダメだよ)」 ジブと会話出来ないのが寂しいです。
ジブのように、こちらに伝えようと人間の言葉に近い言葉を話そうとはしてくれないですから。
くろんも夜もジブとは違うのだからとわかっていても、名前を呼べば「ん……」と返事をしてくれ、自分がしたい事をはっきりと主張してくれる子がいないのは寂しいです。
「お母ちゃん、寝ようよ~」 あの呼ぶ声が聞えないのは哀しいです。
でもね……ジブくん、13年以上も一緒に居てくれてありがとう。
本当にありがとう。
まだね、まだちょっとしんどいよ。
楽しかった思い出もいっぱい思い出すんだけど、あの時ジブはね、なんて話をお父ちゃんとも出来るんだけど、でもやっぱり、どうしてもまだまだ涙が出ちゃう事があるんだ。
ごめんね。ジブが心残りになったりしないように、お母ちゃん頑張るからね。
だから、しばらくのんびりして、そしていつかはお母ちゃんのところへ戻ってきてね。
待ってるから……ね。