毛皮な日記
〜文字サイズ「小」で綺麗に見えるように書いています〜| 前 | 2010年 2月 |
次 | ||||
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | |
| 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
| 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
| 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
| 28 | ||||||
障害者スポーツ応援−ワンクリック募金のお願い
世界を目指して頑張っている障害者スポーツを応援! 選手・団体に届きます。 引き続き下記のバナーのワンクリックをお願いいたします。
クリックして下さる皆さんに変わって、企業が寄付をしてくれます。ぜひ! 毎日1回 お願いします。
| 息子たちの愛用品 | くろん 療法食1 ロイヤルカナン PHケア |
くろん 療法食2 ロイヤルカナン PHケア フイッシュ |
自動給水器 フレッシュフロー 本体 |
自動給水器 フレッシュフロー 交換用フィルター |
自動給水器 フレッシュフロー 交換用水中ポンプ |
水用の器 ヘルスウォーター ボウル Mサイズ |
トイレ用砂 モコモコ |
サプリメント ゼンラーゼPneo |
|
|
今日でジブの49日を迎えました。
この世にとどまる事を許される最後の日と言われています。
ずっと上げてきた陰膳は、今日が最後になります。
少し思い出話をさせてください。
ジブが我が家の子になったのは、1996年5月25日のことでした。
生後1ヶ月程度。
離乳したてぐらいの月齢で我が家に来ました。
故長女の掛り付けの獣医さんのご紹介で縁をいただいた子でした。
お母さん猫のお腹の中にいる時分から、お母さん猫が保護されて、ひとの家で誕生しその後も我が家に来るまでお母さん猫、兄弟猫と一緒に過ごしておりました。
ジブと最初に会ったとき、その兄弟もいて、白茶で尻尾の長い男の子とやはり尻尾の長い三毛の女の子でした。
ジブだけが、兎の尻尾で可愛らしかったのを覚えています。
ジブと名付けたのは、お父ちゃんです。
当時スノーボードに夢中になっていて、それに関連する言葉ジブ・トリックから名前をもらいました。
大きな目と大きな耳、きょとんとした顔でじーっと見つめる子でした。
おとなになってからのジブは、とても賢く聞き分けの良い子でしたが、仔猫の頃は少し苦労させられました。
苦労させられたのは、トイレです。
我が家に来る前は、ふつうに用意された猫トイレできちんと済ませていたそうです。
なのに、我が家に来てからは猫トイレを使ってはくれるものの、頻繁に粗相もしてくれました。
どうやら布地の上でするのが好きなようで、流石にカーペットは被害にあわなかったのですが、当時10個ほどあった小型のクッションで残っているのはひとつ切りです。
クッションの上に座って居るなあと思ったら、もうそこでおしっこをしていました。
出勤前着替えた私のスカートの上に座ったと思った途端、おしっこをされた事もありました。
朝目覚めたら、ベッドの上にうんちが転がっていたこともありました。
どうしてなんだろう? と。猫トイレできちんとすることもあるのに……と。
当時私は半ば育児ノイローゼに到達しそうな勢いで悩んでおりました。
悩んだ挙げ句、この子はもとのおうちに戻した方がいいのだろうかと思った事もありました。
でも、お父ちゃんがもう少し長い目で見ようよと言ってくれて、あるとき現行犯でガツンと怒ってくれて、それ以来ジブの粗相は嘘のようになくなりました。
好奇心が旺盛で、でも賢さの片鱗は小さい頃からあって、人間の目を不思議に思ったのでしょう、爪を出さずにそ~っと、目に、瞳にさわろうと手を伸ばして来た事がありました。
何回か試して、ようやくこれは人間さんの目なんだと幼いながらに理解したようでした。
好奇心のままに色々な事に興味を示すのですが、命に関わるような危ない事は「ダメ」と言うだけで、一度で覚えてくれておりました。
ひとの目をじっと見るのが好きな仔猫で、話しかけるとじっと目を見ながら聴いている子でした。
『顔の近くで寝たがる猫ほど甘えんぼ』そんな話を聴いた事があります。
ジブもそのクチで、仔猫の頃は、私の顔を抱くように眠ったり、アゴに自分の顔を乗せたまま寝たり、首の上で眠られて目を覚ましてしまったこともありました。
大人になってからはずっと腕枕。
私の左側はジブの定位置でした。
冬は当然ですが、真夏でもぴったりくっついて必ず腕枕。
暑くなると私の顔のすぐ横の枕に移動し、丸い腰のあたりを私の顔にくっつけて、私の手の平を枕として抱え込んで眠りました。
おとなになったジブは、甘えっ子の部分もたっぷり残していましたが、賢さも身につけ、物わかりの良い我慢強い男の子に育ちました。
生まれた時からご飯に困るというような経験が無い子でしたから、おっとりとしたおぼっちゃまに育ちました。
ジブは甘えっ子でもありましたが、甘えさせてくれる子でもありました。
およそ9年前、一時期精神的に辛かった時期が私にはあったのですが、その時もジブが傍にいて甘えさせてくれたから、私は乗り切る事が出来ました。
私にとってジブは特別な子。時には頼りにする存在でありました。
5歳の時、現在の住まいに引っ越してきました。
それまでは東京でマンション暮らしでしたが、今度は一軒家。
家が広くなり2階や階段が出現して、ジブは運動量が上がると同時に甘えっ子が加速して後追いが激しくなってしまっておりました。
きっと、前の家に比べたら、同じ家にいながら姿が見えない事が増えて、時に不安だったのだと思います。
でも、あまりその不安、後追いを加速させると分離不安症になったりするので、こちらに越してきて半年を過ぎたあたりで、今掛り付けの獣医さんに保護された子の中から、次男坊としてくろんを我が家の子に迎え入れました。
最初は「フーッ」っと威嚇していたジブですが、1週間が経つ頃には一緒に眠ってあげたりするお兄ちゃんぶりを見せてくれました。
本当にくろんの面倒をよく見てくれて、やっては行けない事、して良い事、おトイレの使い方などいっぱい教えてくれました。
時には遊びに付き合い、遊びに誘って遊ばせてくれて、必要な時にはちゃんと怒ってもくれて、本当にしっかりしたお兄ちゃんになりました。
と、同時に後追いはだいぶん押さえられ、私の姿が見えなくても、時に「お母ちゃん、どこー?」と訊く事はあっても、追尾ミサイルのように始終追い掛ける事はなくなりました。
くろんは小さい頃からお腹が弱く、嘔吐や下痢が頻繁でだいぶん心配しましたが、ジブはもっぱら健康で数えられるぐらいしか獣医さんには架かっておりません。
年に1度、シニアになってからは年に2回、血液検査と健康診断を定期的に受けていましたが、毎回問題が無い子でした。
だから、それ故にどうしても最後の最後……悔いが残り悔やまれて哀しくてなりません。
未だにジブの事を思い出すと、涙がにじんできてしまいます。
あまり悲しんでばかりいると、ジブが浮かばれなくなってしまうと思っていても、それでもどうしても涙が止まらなくなってしまいます。
でも、もう49日です。
もう49日なのか、まだ49日なのか、早かったのか遅かったのか……よくわかりませんが、ジブが迷う事のないように、私はもう少し強くならなければならないのだと思います。
くろんは日常を取り戻し、少しずつですが夜に対して遊んであげる頻度が上がり、少しずつお兄ちゃんっぽくなってきています。
まだ時々は「フシャー」と言ってしまいますけどね。
夜は、もう立派なおとなのはずなのに、どこか仔猫っぽさを残していてその遊ぶ姿や甘え方でこちらを和ませてくれます。
私は、くろんに夜に、ずいぶんと助けられているのだと思います。
でも、まだ、ジブを失った寂しさは簡単には癒えてくれないようです。
「ね~う~(寝ようよ/眠いよ)」「め~よ(ダメだよ)」 ジブと会話出来ないのが寂しいです。
ジブのように、こちらに伝えようと人間の言葉に近い言葉を話そうとはしてくれないですから。
くろんも夜もジブとは違うのだからとわかっていても、名前を呼べば「ん……」と返事をしてくれ、自分がしたい事をはっきりと主張してくれる子がいないのは寂しいです。
「お母ちゃん、寝ようよ~」 あの呼ぶ声が聞えないのは哀しいです。
でもね……ジブくん、13年以上も一緒に居てくれてありがとう。
本当にありがとう。
まだね、まだちょっとしんどいよ。
楽しかった思い出もいっぱい思い出すんだけど、あの時ジブはね、なんて話をお父ちゃんとも出来るんだけど、でもやっぱり、どうしてもまだまだ涙が出ちゃう事があるんだ。
ごめんね。ジブが心残りになったりしないように、お母ちゃん頑張るからね。
だから、しばらくのんびりして、そしていつかはお母ちゃんのところへ戻ってきてね。
待ってるから……ね。


しばらくお天気が悪かったのですが、ようやく晴れました。
ということで、ひなたぼっこ日和だろうと、息子たちをベランダへとお誘い。
くろんは、すぐに窓際に寄って、ころんころんと日差しを満喫しはじめます(写真左)
夜は、なぜか、キャットニップの鉢植えの陰に、こそこそと近寄り、じーっとくろんのころんころんを凝視。
何をしているのかなあと思ったら、どうやらくろん兄ちゃんと遊びたかったようです。
くろんのころんころんが止まったあたりで、低い体勢でてとてとと近寄ります。
そのまま飛びかかるのかな? と思ったら、礼儀正しい夜は、ちゃんとそこで「兄ちゃん、遊んでっ!」とひと声。
でも、くろんは「やでひゅっ!」と即答(^^;)
夜は、不満げな顔でしたが、すぐにあきらめて体勢をふつうに戻したあと、今度は私に「おかちゃん、遊んでっ!」と(笑)
仕方がないので、夜のお相手をつかまつりました(^^;)
くろんは、そのままその場でうたたねへ。夜は少し遊んだあと、柵に上り、景色を満喫しておりました。
昨日初七日にジブが夢の中で、後ろ姿しか見せてくれなかったけれど、家に帰ってきてくれました。
そんな夢を見た昨日から、くろんの様子が落ち着きました。
顔つきが穏やかになっていて、むやみとかまって欲しがったり、抱っこをせがむというのが、ピタリと止みました。
私の精神的なものが少しなりとも落ち着いたから、という解釈も出来るのですが、私には本当にジブが家に戻ってきてくれていたのだと思えてなりません。
お父ちゃんもそれは感じているようで、『お母ちゃんがジブが帰ってきた夢を見たせいか、くろんが落ち着いたね』と言ってくれてます。
深夜近く……
くろんは合皮のビーズクッションに埋もれるようにしてひとりで眠っておりました。
満足そうな寝顔、私が顔を寄せると、ゴロゴロゴロと眠りながら喉を鳴らしているのがわかりました。
いい夢を見て居るんだろうなあと、しばしくろんの寝顔を眺めていました。
突然、「あっ、ああーーんっ!」
くろんは、そう鳴き声をあげながら、ハタッと目を開け、片手を空中に伸ばします。
そして寝起きであるにも関わらず、その目はその先のどこかを見つめて片手をしきりと伸ばそうとしておりました。
しばらく遠くを見つめたあと、くろんは片手を引っ込めます。
ふと、私を振り返り、目をきゅうっっと細めてから、起きあがって甘えにきました。
なんのの夢を見ていたのでしょうか、くろんは……。
私には、夢の中でジブがくろんにお別れの挨拶をしに来たように思えてなりません。
ゴロゴロと甘えたように喉をならし、片手を伸ばして鳴きながら目覚めたくろん。
その目は、起き抜けなのに、しっかりと、でも、どこか遠くを見つめ続けておりました。
初七日を過ぎて、ジブは家を離れたのかもしれないです。くろんに最後の挨拶をしてから。
今朝、ジブの夢を見ました。
ちょっと風変わりな夢でした。
さっきまでそこに居た旦那さまの姿が見えません。
どこかに行ったのだろうかと、階段を上がり窓から外を眺めると車がありませんでした。
知らないうちに、車で出かけたのだろうと推測をつけます。
どうしてそういう気分になったのかわかりませんが、1階に戻り道路に出ました。
目の前を通れるはずのない大型トラックが二台横に並んで通り過ぎて行きます。
反対側からは普通乗用車がやはり二台横に並んで向かっていきます。
ぶつかると思った瞬間に、どの車も掻き消えました。
何もいない道路に、うちの車がふいに姿を現します。
私の目の前に停まり、旦那さまが降りてきて「お客様をお連れしたから」と言いました。
来客の予定はなかったはずなのですが……
スライドドアが開いて、誰かが降りる気配。
でも、目には見えないのです。
それなのに、私は「いらっしゃいませ。どうぞ」と案内して家に入りました。
数人の人型の気配が、ざわざわと家の中を歩いている感じなのですが、見えません。
ところが、急に足もとをかすめて2階に駆け上がる気配が。
目を向けると、年老いた小さな小さな女性、幼児ぐらいの体格のひとが、細い剥き出しの手足を床について階段を四つ足状態で上がっていくのが見えました。
階段を上がりきった途端、声が上から降ってきました。
「あんたは、帰るのが遅すぎる。いったいどこで何をやってたんだっ!」
怒鳴る口調で誰かをしかっています。
私は階段を駆け上がり、その人を怒ります。
「いくらお客様でも、いきなりうちの猫を怒らないでくださいっ!」
振り返ったその人の瞳は猫の目で、にやりと笑うと、ふっと姿が消えました。
そして、消えた姿のその先には、ジブの後ろ姿が。
背中を向けたままでした。
寝室の入り口にちんまりと、背中を向けたままだけれどジブが座っていました。
「ジブ」と声を掛けようとしたところで、目が覚めました。
寝室は真っ暗なまま。その暗闇の中で動く気配がします。
くろんと夜が「起きるの?」と、もぞもぞと身体を動かし始めておりました。
夜が「おはよー」と頭をこすりつけてきます。
くろんが、「ふひゃあーあ」と大きなあくびをしました。
涙が出てきました。
ジブはようやく家に帰ってきてくれたのでしょうか?
それでもまだまだ許してくれなくて、背中を向けたままだったのでしょうか?
わかりません。
でも、ようやく、夢の中ではあるけれど、ジブに会う事が出来ました。
あのお客様は誰だったのでしょう。
瞳だけが金色の猫の目で……そう、「ゲゲゲの鬼太郎」に出てくる猫娘に似ていました。
でも、娘ではなく、もっと年老いた老婆に近い年齢に見えました。
不思議な夢でした。でも、たとえ背を向けた姿でも、ようやくジブに夢の中で会えたのは嬉しかった。
ジブを亡くして以来、眠りが浅く、夢なんてひとつも見ていなかったから。
夢でもいいから、会いに来て欲しいと切に願っていたにもかかわらず……。
今朝、この夢を見たので、ようやくジブのことを日記に書く勇気が出ました。
だから、日付を遡って記しました。
ありがとう、ジブ。たとえ後ろ姿だけでも、本当に嬉しかったよ。
★ この日記は日付を遡って書いています。
■ SAYAKA [暖かいお言葉ありがとうございます。 こんなつたない日記を読んで頂きありがとうございます。 昨日ジブが家に帰ってくる夢..]
■ Moon [辛かったでしょ、涙が止まりません。。どんな時も、飼い主は決断を迫られます。それが、結果として好ましくなかったとしても..]
■ SAYAKA [>Moonさん 暖かい言葉ありがとう。いっぱい泣きました。 まだ時々押し寄せてきて涙が出てしまう事があります。 でも..]
■ りき母 [お父さん、お母さんが来るのを待っていてくれたんだね。親孝行だったね.... ジブの近くにデカい黒い犬がいるからね、一..]
■ SAYAKA [>りき母 ありがとうございます。 そうですねえ。リキ丸さまに遊んでもらってるといいなあ。 モフモフの尻尾にくる..]
★ この日記は日付を遡って書いています。
前日、お父ちゃんが獣医さんに紹介してもらった霊園に予約を取ってくれていました。
台風一過。風の強い中、ジブの亡骸を抱えて霊園に向かいました。
15時10分前に霊園に到着。手続きを終えて、ジブを荼毘に付します。
荼毘に付す前、亡骸の体重計測がありました。
動物の場合、亡骸の体重で料金が決まるのだそうです。
ここで、更に後悔しなければならない結果が見つかりました。
手術前、4.6kgしかなかったジブの体重は、5.8kgにまで増えておりました。
つまり、1.2kgも増えていて、そのほとんどが、腎機能の低下によって排出されなかった毒素混じりの水分だということです。
生きながら、自分の身体の中で、水責めにあっていたような状態だったのです。
ジブの腎臓の機能の低下の兆候は手術前まで認められていませんでした。
血液検査でも尿検査でも、腎機能が低下していると確認できるような結果は出ていなかったのです。
猫の腎臓は、人間もそうですが、一度破壊されると二度と再生されません。
人間なら透析して補える事も出来ますが、猫の透析は無いそうです。
腎臓は、その機能が25%以下になるまで、検査等の結果には出ないそうです。
機能が25%以下になって、ようやく人間は診断を下す事が出来、そこから投薬などによって、それ以上の腎機能の破壊をふせぐ対応に出る事が出来るようになるのだそうです。
25%あれば、慢性腎不全だとしても少しでも生き長らえさせる事が出来るのだそうです。
25%あれば、通常並の生活を送る事が少しは出来るのだそうです。
獣医さんがおっしゃっていたのは、25%以下ではないけれど、ジブの腎機能はぎりぎり、それこそ30%ぐらいだったのではなかろうかと。
検査の結果には出なかったけれども、そのくらいまで低下していたのではなかろうかと。
それが、開腹手術を受け、部位を切り取り、お腹の中が直そうという炎症を起こす事によって、腎機能の許容量をオーバーした結果破壊が進み、それで腎機能の著しい低下ということに至ったのではなかろうかと。
私はもちろん、獣医さんにでさえ、予測できなかったことだったのです。
腎機能が低下していたなら、手術はしなかった。したとしても、腎機能が低下しているという認識のもとに対応しながらの手術になったであろうと。
やはり、あの時、私が開腹手術を決断しなければ、ジブはまだ生きて存在していた可能性が高かったのです。
1.2kgも増えていた体重。
どうジブに謝ったらいいのか、わかりません。
悔いばかりが重くのし掛かり、胃がきゅうきゅうと締め付けられました。
1時間ばかりして、ジブの骨を拾いました。
白い壺に収められたジブは、とても小さくなってしまいました。
荼毘に付す直前に外したジブの首輪を遺骨の外側に掛け、抱きしめながら帰宅しました。
今ジブは、小さな小さな姿になって、居間におります。
■ てん@さっぽろ [いまごろごめんなさい。 がんばれ! さっぽろは雪がしんしんと降ってます。 うちのぐうにも話してきま..]
■ SAYAKA [>てんちゃん お言葉ありがとうございます。ぼちぼちやってます。 こちらもとんとご無沙汰していて申し訳ないです..]